東京都 狩猟の現場を歩くと、誰もが摩天楼と峻険な山嶺の異様なコントラストに圧倒される。新宿の雑踏から中央線の快速と青梅線を乗り継ぎ、わずか2時間足らず。秩父多摩甲斐国立公園の南端に位置する奥多摩の山林に足を踏み入れれば、そこには都心の喧騒をあざ笑うかのような濃厚な野生が息づいている。湿った腐葉土の匂い、切り立った谷を渡る風の冷たさ、そして木々の間を疾走するシカの鋭い蹄の音。平日には六本木のオフィスや渋谷のコワーキングスペースで画面を凝視していたはずの若者たちが、週末になると重い登山靴を履き、森の深部へ消えていく。
限界集落が点在する多摩山間部では、激増するニホンジカやイノシシによる森林破壊や農業被害を食い止めるため、今まさに東京都 狩猟の新たな担い手として若い都市生活者の存在が切実に求められている。かつては定年退職した地元住民の趣味や地域防衛とみなされていた狩猟が、なぜいま高学歴・デジタルネイティブ層の心を捉えて離さないのか。安全講習の教室から獣道が交錯する奥多摩の急斜面まで、その最前線を追った。
都内で狩猟は本当に可能なのか?知られざる解禁エリアと最新規制
「東京で狩猟ができるのか」という素朴な疑問に対する答えは、紛れもなくイエスだ。ただし、どこでも銃を撃ってよいわけではない。当たり前だが、23区内や市街地などの人口集中地区は、関係法令によって銃器の使用はおろか、わなの設置も厳格に禁じられている。
狩猟の現場となるのは、主に青梅市、西多摩郡奥多摩町、日の出町、檜原村といった多摩西部の山岳地帯だ。さらに太平洋上に浮かぶ伊豆諸島の大島や八丈島、三宅島などでも特定の条件下で狩猟が認められている。管理を司る東京都環境局の管轄のもと、鳥獣保護区や特定保護区、公道から一定距離内の立ち入り禁止区域などが緻密にゾーニングされており、毎年秋から冬にかけての法定猟期(通常11月15日から翌年2月15日まで、一部鳥獣は延長措置あり)に限り、指定されたエリアのゲートが開く。
近年は奥多摩町などを中心に、シカの生息密度が適正水準を遥かに超えている。スギやヒノキの樹皮が剥がされ、希少な高山植物が根こそぎ食い尽くされる被害が続出しているため、東京都環境局は特定の指定管理鳥獣捕獲等事業や有害鳥獣捕獲の枠組みを使い、一般の猟期以外にも捕獲圧をかけ続ける特例措置を講じている。巨大都市・東京の境界線には、知られざる広大な「野生管理の前線」が広がっているのだ。
オフィスワーカーが山へ向かう理由――『僕は猟師になった』から続く潮流
山へ向かう都市型ハンターたちに動機を尋ねると、単なる「サバイバル趣味」という言葉では片付けられない切実さが浮かび上がる。彼らを動かしているのは、消費社会に対する根源的な違和感と、自らの手で生命を奪い、食べるという行為に対する倫理的な探求だ。
この意識変化の導火線となったのが、京都の山あいでわな猟を営む千松信也の著作や、サバイバル登山家として知られる服部文祥の思索的な実践だった。千松の日常に密着したドキュメンタリー映画『僕は猟師になった』は、NHKオンデマンドなどを通じて配信され、大量消費のループに疲弊した都市生活者の琴線を激しく揺さぶった。スーパーマーケットでプラスチック包装された精肉を買うことの背後にある「不可視化された屠殺」に対し、自らの手で引き金を引き、ナイフを入れて内臓を取り出す行為は、痛烈なリアリティとして彼らの目に映ったのである。
さらに近年は、YouTubeなどの動画プラットフォームで若手ハンターが解体技術や調理法、狩猟ギアの選び方を淡々と発信するコンテンツが急増した。かつては地域の猟友会に弟子入りしなければ手に入らなかった泥臭い知識が、可視化され、シェアされたことで、参入の心理的ハードルは一気に崩れた。いまや猟銃の所持許可申請や講習会場には、20代から30代の男女が列をなす光景が当たり前となっている。
奥多摩の悲鳴と『鳥獣被害対策業』への転換
ロマンや思想的な共鳴の一方で、受入地である奥多摩の現場は極めてシビアな局面に立たされている。多摩地域の猟場を長年支えてきた一般社団法人東京都猟友会の会員は、7割以上が60歳以上という深刻な高齢化に直面している。足場の悪い急斜面を何キロも歩き、仕留めた50キロ近いシカを担いで下山する過酷な重労働に、ベテラン勢の肉体が追いつかなくなっているのだ。
そこで浮上したのが、従来の「日曜ハンターによるボランティア的駆除」から、専門技術とデータ分析を駆使する「鳥獣被害対策業」への構造転換だ。行政からの委託を受け、センサーカメラで獣の移動ルートを解析し、くくりわなや大型囲いわなを効率的に配置して群れごと捕獲するプロフェッショナルな体制への移行が進んでいる。
一般社団法人東京都猟友会でも、若手の育成と安全管理を最重要課題と位置づけ、ペーパーハンター化を防ぐための実践的なフィールド研修を強化している。だが、地元住民と都市部からやってくるビギナーとの間には、安全意識やマナー、地域コミュニティへの敬意をめぐって摩擦が生じるケースも散見される。山は決してテーマパークではない。そこには先祖代々、森を守り、獣と拮抗してきた人々の生活の場があることを忘れてはならない。
捕獲から食卓へ――『東京ジビエ』が切り拓く地域経済
山で捕獲された獲物は、ただ埋設処分されるだけのゴミではない。いま、それを高品質な食肉資源として循環させるジビエ産業が、西多摩地域で芽吹き始めている。
その中核を担うのが、奥多摩町や檜原村に整備された衛生的な獣肉処理施設だ。従来、ハンターの自家消費にとどまりがちだった野生肉だが、徹底した衛生管理のもと、捕獲から2時間以内に搬入・解体・急速冷凍するサプライチェーンが構築された。血抜きが完璧に行われた肉は獣臭さが一切なく、繊細な赤身の旨みが際立つ。
こうしてブランド化された「東京ジビエ」は、都心の一流フレンチレストランや高級ホテルへと卸されている。新宿や銀座のテーブルで供されるジビエが、実は同じ東京都内の山で前日に仕留められたものだという事実は、食通たちに新鮮な驚きを与えている。地域にとっては害獣駆除のコストが収益へと化け、都市の消費者にとっては究極の地産地消となる。捕獲を単なる殺処分で終わらせず、尊い命として経済循環に乗せる仕組みが、ようやく軌道に乗りつつある。
最新の狩猟免許取得ルールと初心者への現実的なハードル
これから東京都内で狩猟の世界に飛び込もうとする者には、複雑かつ厳格な手続きが待ち構えている。狩猟を始めるには、根拠法である「鳥獣の保護及び管理並びに狩猟の適正化に関する法律」に基づき、都道府県知事が実施する狩猟免許試験に合格しなければならない。
免許には網猟、わな猟、第一種銃猟(散弾銃・ライフル銃)、第二種銃猟(空気銃)の4区分があり、現代の都内初心者の多くは、比較的取得しやすい「わな猟」か、伝統的な「第一種銃猟」を選択する。東京都環境局が年数回実施する試験では、鳥獣に関する知識や関係法令を問う筆記試験、視力や運動能力の適性試験、そして鳥獣の判別や猟具の分解・架設を行う実技試験が課される。
だが、本当の試練は免許取得のその先にある。銃猟を目指す場合、警視庁(所轄の警察署)による銃砲所持許可の手続きが控えているのだ。精神鑑定書の提出、身辺調査、同居親族や近隣住民への聞き込み、過去の犯罪歴や借金歴の照会まで、プライバシーを徹底的に洗われる。保管用のガンロッカーや装弾ロッカーの設置場所も厳しく検査され、銃を手にするまでに半年から1年近い歳月と、数十万円単位の初期投資が必要となる。
都市に住みながら銃を維持し、安全に山へアクセスし続けることは、並大抵の覚悟では続かない。それでも、書類の山と警察の厳しい面接を乗り越えて免許を手にした者だけが、東京の奥深き自然の懐へと分け入るパスポートを手に入れることができる。
自然と都市の結節点で銃を握る責任
高層ビル群のガラスに反射する光と、原生林の木漏れ日。この二つの相容れない世界を、多摩川という一本の細い水脈が繋いでいる。東京というメガシティの周縁で銃を構えるハンターたちの存在は、都市がいかに脆弱な生態系の基盤の上に成り立っているかを逆説的に証明している。
テクノロジーがどれほど発達しようとも、野生動物は電波の届かない尾根を歩き、作物を荒らし、時に森を枯らす。それを遠く離れた山奥の出来事として切り捨てるのではなく、自らの身体を使って対峙し、引き金の重みとともに生命の循環を引き受ける都市の若者たち。彼らが担いでいるのは、単なる猟銃ではない。それは、文明と自然の断絶を自らの手で縫い合わせようとする、現代社会に対する静かな問いかけそのものなのだ。 (出典: 東京都 狩猟(Yahoo!ニュース))