かつてジャニーズJr.内で絶大な人気を誇りながら、2018年に突如として全員退所を発表した伝説のユニット「Love-tune(ラブトゥーン)」。その後、7人全員で「7ORDER(セブンオーダー)」を結成して再始動を果たした彼らの決断は、当時の男性アイドル界において極めて異例の出来事でした。ファンの間では今なお「なぜあのタイミングで辞めなければならなかったのか」と語り継がれています。
彼らが旧ジャニーズ事務所を去る引き金となったのは、単なる方向性の違いではなく、Jr.向けに突如提示された契約書面を巡るトラブルでした。事務所との間に一体何が起きていたのか、独立から再集結、そして現在の活動に至るまでの歩みを徹底取材に基づき紐解きます。
📌 【この記事の重要ポイントまとめ】
- 要点1:退所の直接の引き金は、2018年1月に事務所から提示された「ジャニーズJr.専属契約書」へのサインを保留したことによる関係悪化。
- 要点2:契約保留後に露出が激減し、グループの未来を守るために7人で話し合いを重ね「全員で一斉退所」という前代未聞の道を選択。
- 要点3:独立後は7ORDERとして再集結しメジャー進出を果たす。現在は森田美勇人の脱退を経て新体制となり、個々の強みを生かしたマルチな活躍を継続中。
【異例の事態】Love-tune全員退所の衝撃と当時の電撃発表を振り返る
2018年11月30日の夜、ジャニーズJr.公式ファンクラブサイトに掲載された発表は、エンタメ界に激震を走らせました。高い演奏技術とダンススキルを併せ持ち、横浜アリーナでの単独公演を即完させるほどの実力を誇っていたLove-tuneのメンバー7人全員が退所するという、前例のないアナウンスだったからです。
発表によると、阿部顕嵐、真田佑馬、諸星翔希、萩谷慧悟、長妻怜央の5人が同日付で即日退所。続いて森田美勇人が同年12月31日、最年長でグループのまとめ役だった安井謙太郎が翌2019年3月31日をもって事務所を離れるという段階的なスケジュールが敷かれました。Jr.の人気ユニットが誰一人欠けることなく全員で退所を選ぶケースは極めて珍しく、ファンの間には大きな動揺と悲しみが広がりました。
CDデビュー目前と囁かれていた人気グループが、なぜ突如として空中分解のような形で解散を選ばざるを得なかったのか。その背景には、事務所の運営体制が大きく変わりつつあった時期特有のシビアな問題が横たわっていました。
【契約問題の真相】なぜ決裂したのか?ジャニーズJr.契約書面を巡る対立
7人の退所劇における核心部分とされているのが、2018年1月10日に事務所から持ちかけられた「専属契約書」の存在です。当時、ジャニーズ事務所ではJr.タレントとの間で書面による正式契約を交わしておらず、口頭での合意や慣習に基づいた活動が長年続いていました。しかし、コンプライアンス強化の一環として、Jr.に対しても正式な契約書を取り交わす方針へと舵を切ったのです。
事務所側は説明会を開き、その場でのサインを求めました。しかしLove-tuneのメンバーは「一度持ち帰って内容を精査したい」「親や弁護士にも相談した上で納得して署名したい」と申し出ました。自分たちの将来を左右する重大な契約である以上、内容を慎重に確認するのは社会人として至極真っ当な判断でした。
ところが、事務所の上層部側はこの保留を「事務所に対する反発・不信感の表れ」と受け取ってしまいました。当時は絶対的な権力構造が存在していた時代であり、提示された条件を無条件で受け入れなかった姿勢が、事務所側の不興を買う決定打となってしまったのです。
事務所との確執はあったのか?露出激減からラブトゥーン解散までの経緯
契約書へのサインを保留した直後から、グループを取り巻く環境は一変しました。レギュラー出演していたNHK BSプレミアムの音楽番組『ザ少年倶楽部』への出演が見合わされ、雑誌のグラビアや公式インタビューからも徐々に姿を消していくことになります。
ファンの間でも「明らかにメディアへの露出が不自然に減っている」「干されているのではないか」と不安の声が噴出していました。メンバー側は契約の条件について話し合いの場を求め続けたものの、事務所側との溝は埋まるどころか深まる一方だったとされています。活動の場を次々と失っていく中で、彼らはアイドルとしての貴重な時間を宙ぶらりんのまま過ごすことを余儀なくされました。
「このまま事務所に残り続けても、グループとして未来を描くことはできない」。そう痛感した7人は、何度も膝を突き合わせて話し合いを重ねました。誰か1人でも欠けたらLove-tuneではないという強い絆があったからこそ、導き出した結論が「7人全員で事務所を去る」という苦渋の決断だったのです。
安井謙太郎の退所時期がズレたワケと7ORDER結成までの軌跡
一斉退所の中で、なぜ安井謙太郎だけが2019年3月末まで事務所に残留したのか。その理由は、彼が当時抱えていた単独のレギュラー仕事と強い責任感にありました。
安井は当時、NHKラジオ第1『らじらー! サタデー』のパーソナリティを担当しており、主演映画『ニート・ニート・ニート』の公開(2018年11月)に伴うプロモーション活動も控えていました。関係各所に迷惑をかけるわけにはいかないというプロ意識から、自身が背負っていた仕事をすべて全うした上で退所するという筋を通したのです。
安井が退所した翌々月の2019年5月、7人は再び集結し、新プロジェクト「7ORDER project」の始動を発表しました。事務所を辞めたメンバーが再び同じ顔ぶれで結成することは、当時の芸能界の常識では極めて異例であり、独立直後からの圧倒的な行動力と固い絆は多くのファンを歓喜させました。舞台公演を手始めに、インディーズでのCDリリースやファンミーティングを次々と成功させ、自らの力で新たな居場所を切り拓いていったのです。
森田美勇人の脱退理由とメンバー現在の活動状況【2026年最新】
2021年1月には日本コロムビアから念願のメジャーデビューを果たし、日本武道館公演を成功させるなど順風満帆に見えた7ORDERですが、2023年6月に大きな転機を迎えます。ベースおよびダンスの要であった森田美勇人がグループからの脱退を発表しました。
森田の脱退理由は不仲や対立ではなく、「自身の表現活動やアート・ファッション分野への追求」でした。ファッションプロジェクト「FLATLAND」を主宰するなど独自のクリエイティブを発信してきた森田が、自身の人生を見つめ直した上での前向きなステップアップであり、メンバーもその意思を尊重して送り出しました。
新体制となった7ORDERは、各メンバーが個人のフィールドを広げながらグループとしての表現をさらに進化させています。
- 安井謙太郎:リーダーとしてグループを牽引しつつ、番組MCや舞台プロデュースなどマルチに活躍。
- 阿部顕嵐:俳優としての評価を確立し、数々の主演舞台や映画、ドラマへの出演を重ねる。
- 真田佑馬:楽曲プロデュースや舞台演出を手掛け、音楽的・クリエイティブの屋台骨を担当。
- 萩谷慧悟:ドラマーとしての腕を磨きつつ、声優や舞台俳優としても独自のポジションを築く。
- 諸星翔希:持ち前の明るさとサックス演奏を武器に、バラエティや音楽フェスで存在感を発揮。
- 長妻怜央:キーボード演奏に加え、近年はドラマ主演やアート個展の開催など多才な才能を開花。
事務所からの独立という大きな荒波を乗り越えた彼らは、グループという枠組みに依存しすぎず、それぞれが自立した表現者として強固な基盤を築き上げています。
【セブンオーダー ジャニーズ 辞めた理由】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ジャニーズを辞めた後、事務所から圧力や妨害はあったのですか?
A1:地上波テレビ番組への出演が制限されていた時期はありましたが、メンバー自身が舞台制作や音楽フェス、YouTube、SNSなどを積極的に活用してファンとの接点を作り続けました。公取委による注意喚起や芸能界全体の構造変化もあり、徐々に活動の自由度は拡大していきました。
Q2:なぜ7人全員で一緒に辞めることができたのですか?
A2:Love-tune結成時から「この7人で夢を叶えたい」という結束力が非常に強かったためです。契約保留に伴いグループの活動継続が困難になった際、誰か1人が残るのではなく「全員で一歩を踏み出す」という明確な共通認識を全員が持っていたことが大きな要因です。
Q3:現在のグループ名「7ORDER」の由来は何ですか?
A3:「7つの個性・秩序(ORDER)が響き合い、新しいエンターテインメントを作る」という願いや、「Happyをみんなで作り上げていく」という理念が込められています。森田美勇人の脱退後も、原点となった魂を受け継ぎながらプロジェクト名として継続されています。
まとめ:事務所の枠を超えて新たな道を切り拓いた7人の挑戦
セブンオーダーがジャニーズを辞めた理由は、単なる反発ではなく、提示された契約書面に対して自分たちの意志で責任を持とうとした誠実な姿勢が発端でした。その結果として生じた露出激減という逆境に対し、彼らが選んだ「全員退所」という決断は、当時の男性アイドル市場に一石を投じる大きな転換点となりました。
大きな看板を失いながらも、セルフプロデュース力と揺るぎない絆を武器に再起を果たした彼らの歩みは、所属事務所の看板に頼らずともタレント自身が道を切り拓けることを証明した先駆的な事例です。それぞれの才能を磨き続ける彼らが今後どのようなエンターテインメントを届けてくれるのか、その挑戦から目が離せません。 (出典: セブンオーダー ジャニーズ 辞めた理由(Yahoo!ニュース))