温水洋一若い頃の白黒写真を前にしたとき、多くの人が一瞬だけ視線を泳がせる。そこに写っているのは、豊かな黒髪をラフに遊ばせ、アンニュイな眼差しでレンズを見つめる細身の美青年だ。額に落ちる前髪の陰影、意志を感じさせる通った鼻筋、そして引き締まったフェイスライン。いまテレビ画面の向こうで、哀愁漂う笑顔や愛嬌たっぷりの「いじられ役」でお茶の間を和ませている名優の面影を探そうとしても、脳内の認識が追いつかないほどのギャップがそこには存在する。
ネット上のアーカイブやバラエティ番組で定期的に拡散される温水洋一若い頃のポートレートは、決して作られた伝説などではない。1980年代半ばから90年代にかけて、アンダーグラウンド演劇やサブカルチャーの震源地だった東京の小劇場界隈隈で、彼は確かに特異なオーラを放つ若手役者として息づいていた。日本の芸能界で指折りの名バイプレイヤーへと上り詰めた男の原点には、現在のコミカルな佇まいからは想像もつかない、切実で青い演劇への情熱があった。
ふさふさの黒髪と端正な顔立ち!劇団健康時代のイケメン写真とモテ期秘話
「この美男子は誰?」とSNSを騒然とさせた写真の多くは、彼が20代前半を過ごした小劇団時代に撮影されたものだ。当時の彼はボリューム感あふれるナチュラルな黒髪をたくわえており、いわゆる「塩顔イケメン」やサブカル系美男子の先駆けともいえる風貌を誇っていた。古着のジャケットを羽織り、どこか気だるげに煙草をくゆらせる姿は、まるでフランスのヌーヴェルヴァーグ映画から抜け出てきた青年のようでもあった。
実際、当時の温水洋一には確固たる「モテ期」が存在した。劇場に足を運ぶ若い女性客の間では、舞台上で見せるシュールな狂気と、終演後に見せる物静かで涼しげな横顔のギャップに心を奪われるファンが少なくなかったという。共演者や当時のスタッフからも「あの頃の温水は本当にシュッとしていて、普通にモテていた」という証言が幾度となく語られている。本人こそ後年のトーク番組で「いやいや、全然そんなことないですよ」と照れ笑いを浮かべて謙遜するが、当時のスナップ写真に残る圧倒的な透明感は、弁明の余地がないほど雄弁にその事実を物語っている。
ケラリーノ・サンドロヴィッチとの邂逅と日本の演劇界への進出
温水洋一の才能が最初に開花したのは、劇作家でありミュージシャンでもあるケラリーノ・サンドロヴィッチ(KERA)との出会いだった。1980年代後半、KERAが主宰していた伝説的劇団「劇団健康」に温水が参加したことで、彼の歯車は大きく回り始める。当時の劇団健康は、ナンセンスや不条理、過激なスラップスティックを融合させたアヴァンギャルドな舞台で、東京のカルチャーシーンを席巻していた。
端正なルックスを持ちながらも、舞台に立てば常軌を逸したハイテンションな奇人を演じきり、観客を爆笑の渦へと叩き込む。そのギャップこそが、当時の日本の演劇界において彼を唯一無二の存在たらしめた。KERAの鋭利なナンセンスコメディの骨格を支えていたのは、温水が醸し出す「真顔のおかしみ」と、どこか冷ややかな知性だったのである。
大人計画の旗揚げにも深く関与した異色の下積み時代
劇団健康での活動と並行して、温水の足跡はもう一つの伝説的劇団へと繋がっていく。松尾スズキが旗揚げした「大人計画」の初期公演にも、彼は客演や創成期メンバーに近い立場で深く関わっていた。80年代末の下北沢は、熱気と貧乏と野心が煮えたぎる坩堝。温水もまた、阿佐ヶ谷や高円寺の狭いアパートで、決して贅沢とはいえない下積み生活を送っていた。
日銭を稼ぐためのアルバイトに明け暮れ、稽古場では連日、妥協のないセッションが続く。決して平坦ではなかったその下積み時代に、彼のトレードマークである「哀愁」の原型が育まれた。毛量が少しずつ変化し始めたのもこの20代後半から30代への過渡期だったが、彼はそれを悲観するのではなく、演劇的な武器へと昇華させていく強かさを持っていた。
『BOSS』から『ALWAYS 三丁目の夕日』まで:脱力系コメディの金字塔へ
舞台の怪優として知られていた温水が、マス層へとその名を轟かせるきっかけとなったのは、テレビドラマや映画への進出だった。特に刑事ドラマ『BOSS』で演じた山村警部補役は、彼のパブリックイメージを決定づけた代表作のひとつだ。天海祐希演じる切れ者ボスに振り回され、捜査現場では頼りないものの、どこか憎めない愛嬌で場を和ませる。あの絶妙な「間」の演技は、若き日に培ったナンセンスコメディの筋肉があってこそ成立していた。
さらに映画『ALWAYS 三丁目の夕日』シリーズで見せた、昭和の路地裏に自然と溶け込むような佇まい。自転車を押しながらふらりと現れるだけのワンシーンでも、物語に温かい生活の匂いを付与してしまう。日本の芸能界広しといえど、ただ画面に映り、ぼんやりと佇むだけで観客の警戒心を解いてしまう俳優は、彼をおいて他にいない。
事務所「ワン・ツゥ・スリー」での躍進とNetflix・FOD配信での再評価
名バイプレイヤーとしての地位を盤石にした背景には、実力派舞台俳優が多く所属する株式会社ワン・ツゥ・スリーでの着実なマネジメントもあった。バラエティ番組でのドッキリ企画や旅番組での飾らない素顔がウケる一方で、本業である芝居のオファーは途切れることがなかった。映像と舞台、その双方でバランスを取りながら、彼は独自のポジションを築き上げていった。
現在、NetflixやFODといった動画配信プラットフォームで過去の名作ドラマや映画がデジタルアーカイブ化され、若い世代が温水洋一のキャリアを「再発見」する動きが加速している。『BOSS』のキレのある掛け合いや、名作映画での味わい深い助演ぶりに触れたZ世代の視聴者が、ふと検索したSNSで「若い頃のイケメン写真」にぶち当たり、二度驚くという現象が日常茶飯事となっているのだ。
ギャップが生む唯一無二の魅力:なぜ彼の過去は人々を惹きつけるのか
若き日のイケメンぶりが掘り起こされるたびに、ファンが抱く感情は単なる「昔はカッコよかったんだね」という消費的な驚きにとどまらない。そこには、容姿の移ろいを受け入れ、それを自らの個性として軽やかに乗りこなしてきた一人の表現者に対する、深い敬意が含まれている。
ふさふさの黒髪に憂いを秘めていた青年は、年輪を重ねるごとに虚栄心を手放し、誰からも愛される「ぬっくん」へと進化した。美青年から脱力系バイプレイヤーへ。その劇的なコントラストは、歳を重ねることを恐れる現代人に対して、どこか痛快で温かな人生の肯定を突きつけている。 (出典: 温水洋一若い頃(Yahoo!ニュース))